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むかしむかし、田舎の公立病院に勤めていた頃のお話です。Uさんは自営業を営む50代のオジサンでして1年に1回、桜の散るころにだけ私の外来に来ました。来院目的は”機械の調整”だそうで年1回、かなり詳しく全身の検査を受けます。毎年結果は同じです。かなり肥満気味、少し高血圧気味、そして少し血糖が上がり気味で自覚症状は何も無し。私は”機械”をもう少し軽量級に“調整”することを毎年勧めるんですけどUさんによれば“今、調子良く動いているし1箇所いじると他の部分のバランスまで狂っちまうんでねえ、F1のエンジンと一緒ですわ。”だって。吹けば飛ぶような弱小自動車メーカーだった1960年代のホンダの無謀とも言えるF1挑戦に熱狂した世代のUさんらしいセリフです。けど、肥満体のUさんと技術の塊のF1エンジンの比較にいささか違和感があったりして。結局Uさんは何もせず次の年の検査でもまた同じ・・を繰り返していたんですけど、ある年の2月、いきなり外来受診で驚いた。
まだ寒くて花見の季節はまだまだ先のはずなんだけどなあって恩ったんですけどUさん曰く、“センセ、機械の調子が悪いんや、エンジンおかしい感じする。”どうやら心臓病を疑っているようですけど、そんな時までエンジンなんて言わなくていいのに、全く筋金入りのマニアだったようで。ただ来院時は症状無しでその後の話が長かった。要約すれば次のようになります。
Uさんの家はお父さんが建てた昔ながらの丈夫な家屋なんですけど、なぜか近所のドラ猫に好かれてしまったようでスキを見せれば家に侵入され台所を荒らされたそうです。何度も追っかけたけれど(まるでサザエさんみたいな展開)その度に逃げられてた。ところがある日、家の中に閉じ込めることに成功して家の中で、追っかけまわしたそうな。猫は閉じ込められてますから家の中以外に逃げられない。最後は天井に貼り付いて獰猛な唸り声でUさんを威嚇したそうですが結局は生け捕りにしたって。その後Uさんは山奥に猫を放り出してきたそうですが、その間、ずっと胸部圧迫感を感じていたとか。
すぐに心臓専門医に紹介して精密検査を受けてもらったらやっぱり心臓の栄養血管が細くなっていて、その先生にも言われたって”もっと車体を軽くしないとエンジンが悲鳴を上げていますよ。”
その後、Uさんは私の外来に通いながら車体(体重)の軽量化に努めたので夏頃にはかなりスリムになり、同時に血糖も血圧も下がりました。少しハードに動いても胸の症状も出なくなりました。ある日、私はUさんに言いました。
“あのドラ猫は命の恩人(恩猫?)と思いますけど。”
Uさん、複雑な表情・・・。そしてその年の秋、山が色づくころ、Uさんが教えてくれました。あの猫がまた近所に現れたそうです。けれどUさんの家には近づかないとか。Uさん、うれしそうでした。めでたしめでたし。
心臓と動脈硬化の話
普段、自覚症状が無い人でも、例えば電車に遅れそうになって駅の階段を駆け上ったとき胸部圧迫感を感じることがあります。メタボの気配がある人は要注意。精密検査を受けましょう。