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むかしむかし、ある田舎町の病院で仕事をしていた頃のお話です。糖尿病と高血圧のFさんはその年の春から私の外来に通っていました。Fさんは80歳代後半のおばあさんで最初は息子さんが付き添っていましたが通院に慣れてきた夏ごろからは一人で来ていました。腰が曲がっていて杖をつきながらですけど、しっかりした足取りでテクテクと歩いているFさんは、いかにも山里の善良なおばあさんといった感じでして金色の稲穂が輝く刈り取り前の初
秋の田んぼか、刈り取った後の田んぼのあぜ道に植えてある晩秋の柿の木を背景に写真を撮って投稿すればグランプリが取れるんじやないかって思わせる、雰囲気のいい人でした。さてFさんの血圧は薬で安定していて問題なし、けれど血糖は夏までは順調に下がってきたのに晩秋の頃からはまた上昇し始めました。気温が下がると高齢者の場合、家にこもることが多くなって結果的に運動量が減り食事量に変化が無くても血糖が上がってしまうことは珍しくありません。Fさんは食事量に変化はないって言っていましたから最初ぱ意識的に体を動かしてくださいね”って言ってたんですけどね。けれど12月に人ってから更に血糖の上昇がひどくなりまして、これはおかしいぞって思いました。けれどFさん、食事に変化はないって言い張るんですけど少し嘘っぽい。で、いろいろ聞いてみますと、どうやら柿を沢山食べているらしい。Fさんによれば“家の裏にある柿の木に沢山実がなって孫が取ってくれるけど、最近は家族の誰も柿を食べなくなってしまったから、多くの柿が熟柿になってその後食べられなくなってしまうのでもったいないからせっせと食べていた”そうな。結局、戦前戦後の貧しい食糧難の時代を知っているFさんにとって多くの柿が食べられないまま放置されるのは精神的に非常なストレスになるようでした。息子さんには柿を食べ過ぎているから血糖が上がるんだと叱られているようですが、それでもこっそり食べているようです。で、どうしたかといいますと実はFさんには”柿食うな!”とは指示しませんでした。そして息子さんを呼んで出来るだけ柿をおすそ分けして放置しないようにお願いしました。それから柿を食べている期間だけ薬を増やして血糖値を出来るだけ下げるようにしました。もっとも、あまり下がりませんでしたが。
高齢のFさんに柿食うなって言ってもストレスが溜まるだけでその悪影響が血糖の低下の効果を消してしまいますから意味がありません。出来るだけいい状況で老後を過ごしていただくのが最終的な目的ですから、妥協しましてソフトな対応をしたわけです。若い人でしたら問答無用で“柿食うな”ですけど。
その後どうなったかと言えばFさん、やっぱり冬だけは血糖コントロールが乱れましたけど元気にテクテク外来に通ってくれました。
メデタシメデタシ・・かな?
医学講話
高齢の方への医療は最終目的が“安楽な老後を過ごして天寿を全うすること”ですから、時には例外的な対応をすることもあります。糖尿病を例に取れば必ずしも厳格な血糖コントロールはしません。その結果生じるストレスの悪影響を重視するからです。しかし若い人の場合は周囲に対する責任を負っているのが普通ですから、それを厳しく指摘して自覚を促し出来るだけ厳格にコントロールします。